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日本軍が韓国人ハンセン病患者を救った!~恩を仇で返すのがウリナラクオリティ
元ネタ日本軍が韓国人ハンセン病患者を救った!(ENJOY Korea)



1945年8月15日、日本は敗戦しました。
そして6日後の8月21日…。
Chosun人によって、小鹿島ハンセン病療養所の患者84人が虐殺されました!
http://www.eonet.ne.jp/~yokati/nenpyou.htm

しかし、当時はまだ日本軍がChosunに残留していました。
そして緊急出動!

8月24日、虐殺事件は日本軍によって鎮圧されました。
日本軍がハンセン病患者を守らなければ、犠牲者はもっと増えていたでしょう!
これが1度目の救済です。







そして李承晩が大統領になります。
しかし…。

■李承晩の犯罪

・1948年 済州島4.3事件(30000人虐殺)
・1950年 国民保導連盟事件(300000人虐殺)
・1951年 国民防衛軍事件(100000人虐殺)
・1951年 居昌事件(8500人虐殺) 

彼がハンセン病患者を庇護する筈はありません。
またも患者は生命の危機になりました!









そして…。
彼らは日本に密航しました!

■1948年6月4日、衆議院での榊原亨の質問
更に問題となるのはChosun人患者の事です。
現在、Chosun人のハンセン病の患者は、1つの療養所に約500名、収容されています。
戦前、Chosunの小鹿島には約6000人のハンセン病患者がいました。
彼らは戦後、日本人職員が引揚げたのを機会に、全員が脱出をしました。
そして、あらゆる手段で、日本に向け多数、密航してきたのです。
兵庫県の尼崎市では、これらのChosun人患者は、不良な日本人またはChosun人と共謀し、凶悪犯罪を犯しています。

※榊原亨議員は日本医師会副会
※ソース
http://kokkai.ndl.go.jp/

以前から「どうしてハンセン病の患者には在日が目立つのか?」と思っていましたが、こういう経緯があったのですね。
これが2度目の救済です。









韓国人ハンセン病患者は日本に2回も命を救われました!

しかし…。
彼らは今、こう言っているのです…。











Aigo!

Chosun人とハンセン病の二重の差別を受けた!

謝罪!賠償!











信じられますか?
日本が、何をしたのでしょうか?
ハンセン病の特効薬は1943年にアメリカで出来ました。
しかし、当時はアメリカと戦争をしています。
特効薬を彼らに処方する事は不可能でした。

そして病気の根本原因も明らかでなかった以上、ある程度の隔離政策は仕方が無かったのです。
むしろ、「療養所」があった事自体が当時としては良心的な事でした。
もちろん、反省すべき点が無かったのではありません。
しかし…。









Aigo!

Chosun人とハンセン病の二重の差別を受けた!

謝罪!賠償!












「命の恩人」に対し、こんな言葉が許されますか?
私が間違っているのでしょうか?





AIGOoooooooo!
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